おにぎり ころりん すっぽんぽん

29歳で女を辞めて、33歳で社会人を辞めて、34歳でトランスジェンダーを辞めた私。私自身の想像をも盛大に超えて転がって行く私の人生。そんな中、パートナーの茉優を筆頭に、様々な他人を通して出会う私の闇たち。彼らに光を当てるように書いていけたらと思います。

自分を出したときの“痛さ”

書くこと。

自分の思いを出すこと。

 

ここに一つ怖さがある。

 

 

大学生の頃、

 

労働法のゼミに在籍していて、

 

誰かが「おみずの労働法」みたいな

 

発表をした時、

 

 

わたしは

 

そもそも水商売というのが

 

ない方がいいと言った

 

 

わたしはその時、

 

当然みんなからも賛同の声や空気を感じるだろうと信じて

 

言葉を放った

 

 

 

 

だけど

 

感じたのは

 

痛さ だった。

 

 

 

わたしはなんだかその場で浮いていて

 

キャバクラや風俗は

 

需要があるのだから必要悪でしょ

 

という

 

当たり前でしょって空気が

 

そこにはあった

 

男も女も教授もそうだった

 

 

 

 

そのときに感じた痛さ

 

がわたしは怖い

 

 

 

わたしが今思うこと は

 

誰かから見たら

 

みんなから見たら

 

未来の自分から見たら

 

痛いものなんじゃないか

 

 

そんな風に思うと

 

自由に書くなんてできなくなる

 

出したいものが

 

きっとたくさんあるはずだけれども

 

 

 

その事実が

 

言葉が出てくるのを堰き止める

 

防波堤の1つになっている

 

 

 

 

 

わたしは思い込みが強い

 

1度握り締めたものは

 

そう簡単には手放せない

 

 

 

今この瞬間のわたしは

 

今この瞬間信じているもので成り立っていて

 

 

それ以外を語ることはできないのだけど

 

 

 

なんとか自分から抜け出したところで

 

飄々と

 

軽やかに

 

語れないと

 

嫌な思いをすると思っているところがある。

 

 

 

 

わたしは思い込みが強い

 

そんな自分に気付けず熱く語る自分を痛く感じる

 

引いているみんなを

 

わたしは細かく感じ取ることができる

 

 

 

それは1つも嬉しくない

 

 

そしてまた

 

 

書くことをやめてしまう

 

 

 

 

正しくないと書いてはいけない

 

客観的になれないと書いてはいけない

 

誰かにとって意味を持たないと書いてはいけない

 

 

 

 

知らず知らずに

 

そんな呪縛に絡めとられているのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

これは

 

全てを知っている気になって

 

強く思い込んでしまう

 

わたし への

 

ラブレター

 

 

そんな わたしも 赦すからね

 

 

っていう

 

 

ラブレター