おにぎり ころりん すっぽんぽん

29歳で女を辞めて、33歳で社会人を辞めて、34歳でトランスジェンダーを辞めた私。私自身の想像をも盛大に超えて転がって行く私の人生。そんな中、パートナーの茉優を筆頭に、様々な他人を通して出会う私の闇たち。彼らに光を当てるように書いていけたらと思います。

白い画面をジーっと見ること

書くことから遠ざかりつつある。

書くのがめんどくさい。

書くことがない。

そういう流れなのかな と思うこともあるけど、

なんだか引っかかりを感じているような。

日々の中で、家の中で籠っていることの多い最近だけど、

ちゃんと目を向ければ、

私の心は大きく小さく様々な色に変化して動いている。

自分を見つめる時間と意識が少なくなっていくほどに、

私の生きる一瞬一瞬は色をなくし、動きをなくし、感動をなくす。

家に籠り始めると、ヘビーにお世話になるのが動画とジャンクフード。

すぐ面白いし、すぐ美味しい。

それに、決して私の中の触れたくない痛いところは脅かされない。

だからすぐ飛びついてしまう。

ある意味で、私のホンモノの人生で怖い何かに触れそうなとき、私が逃げ込める安住の地。

ジャンクフードを食べながら、海外ドラマ(弁護士ものが好き)を見ることにどーしよーもなく惹かれるのは、そういうところにも一因があるのかもしれない。

安住の地にいる時間が長くなると、
何が起こるか。

圧倒的に体が心地悪くなる。心地悪すぎて座ってじっとしていたり、立って何かをすることが、
ものすごく億劫になる。
だから、寝っ転がってゴロゴロしている時間が長くなる。

 

あとは、本当は飽きてても、本当はそんなに美味しいと思えてなくても、
本当は辞めたくても、
辞められなくなってくる。
もう目が限界だからやめてよぉ…
もう内臓が限界だから勘弁してよぉ…
って体の声を
無視する力がUPしてくる。

 


それから、
じっとして私のなかを見つめる時間が圧倒的に少なくなる。

最近茉優とのチェックアウト(寝る前にその時心の中にあることや、1日の中で言いたかったけど言えなかったことなどを会話するっていう2人の趣味)が面白くないと感じるのは、

私が私の中を掴みきれずに、表現できないから。

茉優の言葉が薄い膜に覆われていて、
もっと奥があるはずなのに言葉にしてくれなくてつまらない!

と私は怒っていたけど、

どうやら私の心に膜が覆っていて、私が私の話すことがつまらないと
感じていたようだ。

茉優って、私を本当にクリアに映してくれる鏡過ぎて、ついつい自分のことを茉優のことと捉えてしまう。


ちょっと前、じぶんが昔書いたブログを読んでみた。
なんか嫌で、読めていなかったんだけど、読んでみた。

そしたら、自分の文章って面白いって思った。
あの頃の自分羨ましいって思った。


取り戻したいって強く思った。

けど同時に、今の自分にはできる気がしないって思った。

私の中がカチカチに固まったコンクリートのように思えて、
そこに掘り下げる余地なんかなさそうで。
人が来てくれたり、家族とのイザコザがあったり、茉優とのすったもんだがあったり、

私の心には沢山の動きがあったはずなのに、

捉えられそうにない気がして。


沢山の言葉のかけらや私色の情報が渦巻いている竜巻の中が
あまりにも混沌過ぎて
どこにどう手をつけていいか分からないような、
手をつけたくないような気がして。

 

 

 

書き始めた頃のことを思い出した。

文章を組み立てる は捨てて

完成図を思い描く も辞めて

出来事を説明する も手放して

頭で考えようとする自分 に気付いて気付いて気付いて気付いて 少し遠慮してもらって

無意識にテレビや本や誰かの言葉を書きつつある自分に気付いて、手を止めて、


今振り返れば


ブログを書くことは私にとって


何かを誰かに伝えること ではなくて


スマホの白い画面を見つめながら、私は今何を感じているんだ?って私の中に耳を澄ませて、なんとかかんとか拾い集めて、私が持っている限られた言葉をどうにかこうにか組み合わせて、表現しようと試みること、

だった。

 

何が出来上がるかではなくて、
書いている、
書こうとして自分の中に目を向けようとし続けている、
その時間こそが
ブログを書く意味だったんだと思った。


私の中に目を向け続けて、

めんどくさがらずに丁寧に1番近い言葉を選んで

紡いだ文は、

結果的に最高の出来になる。


他の誰でもない、私にとって。

 

誰かに向けて、とか

人にどう思われるだろう、とか

もっともっと自分を晒さなきゃ、とか


何かしらの目的を持って書くと

 

私がしたいことからは遠ざかっていく。

 

最近は、

文字にすると真面目すぎる・堅すぎる・重過ぎる・話している時の直と違い過ぎる

なんてヒトからの言葉を気にしてしまっていたけど
(茉優みたいに明るくて軽やかで愛に満ちた文が羨ましかった)


それもいらなかった。

 

私が私を見つめて文字にして

結果、

真面目で重くて堅苦しくて長ったらしいなら、


それが私の文章。

ってだけなんだね。

 

 

今回、久々に書いていて、そこそこ心地いい。

 

今まさにこの瞬間に私が何を感じ何を思っているのか、
『気付いて』、『表す』、

 

これが私がしたいこと。

 

なんだわ。

 

 

引きこもりの毎日の中で、
私の中に目を向けられるいいツールになるみたいだから、


スマホの白い画面を前に
じーーっとしてみる時間をまた少しずつ持ってみようかな。

 

海外ドラマを見る みたいに楽じゃないから面倒くさがる自分がいるんだけどね。

 

 


茉優が読んでの一言。


だから直は文を書いて
次の文を書くまでに沢山改行するんだね。
一度目の前を真っ白にして
それまでの文に囚われず

その瞬間の自分に目を向けるために。


なんて面白い気付き!


自分の中に目を向ける時間を創って言葉にしてみたら、
茉優からの言葉も
面白くなった!!!笑

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