おにぎり ころりん すっぽんぽん

29歳で女を辞めて、33歳で社会人を辞めて、34歳でトランスジェンダーを辞めた私。私自身の想像をも盛大に超えて転がって行く私の人生。そんな中、パートナーの茉優を筆頭に、様々な他人を通して出会う私の闇たち。彼らに光を当てるように書いていけたらと思います。

私に必要だからこの出来事は起こった

愛する人が他の人とキスやセックスをするという初体験を終えて。

 

少し泣き喚くのにも怒るのにも疲れたし、もう充分かなと思えてるから、

少し俯瞰した私の声を書いてみよう。

 

 

私は私の女性性を開くのに特別な何かが必要だと思っていた。
だから、すごいタイミングで訪れたある女性とのまぐあいのお誘いを前向きに捉えていた。
私と彼女のやりとりを聞いて、私を送り出す覚悟をした茉優がどんな気持ちだったのか、今回のことで体感した。こんなにも深く相手の心をえぐるのなら、何かの為にまぐあうのではなく、愛しているからまぐあうんでなきゃ。と思った。
まぐあいたいのは、今、茉優だけ。
誰かに女性性を開いてもらおうとするのではなく、自分を愛する選択を1つずつ繰り返していくこと、今茉優との間にあることが完璧だと気付くこと。私に必要なのはそれ。



私は男性と女性のパートナーシップというものに結構強い固定観念を持っていたと気付いた。
体の構造上、男性性と女性性の役割的に、
男と女の築くあたたかい帰る場所
というものが他を凌ぐ確固たる安心感を生むと
どうやら硬く信じていた。
だけど、茉優は言った。

彼は与えることが得意な男性性がすごく開かれた人、私は受け取ることが得意な女性性がすごく開かれた人、だから理屈からしたら完全にマッチするはずなのに、全然そうじゃなかった。今回のことを通して、直だったんだ、と確信した。だから、私たちが世の男性性・女性性理論に当てはまらないように思えても、全然堪えない。私と直は二人だけのオリジナルな道を行くってだけだと確信できた。と。

私には、私がありのままに生きると確固たる安心した居場所を持てないかもしれないという強い恐れがあった。映画『ボヘミアン・ラプソディー』のフレディのように、
周りの家族持ちに囲まれて、一人孤独を感じることになるって。
わたしのままで茉優とあたたかい居場所が作れると信じられること、その為に起こったことでもあったかも。




私はちんこに対して、男性の体に対して憧れと同時に強い敵対心を持っていた。
それは、ちんこがない私が、女性とパートナーシップをもつ上での欠けている部分だという認識が強かったから。
凹凸でフィットする。
二人同時に気持ちいい。
子供を授かれる。
大きい体で小さい体を抱きしめられる。
男女間でのまぐあいがその他に優る。
何だかそんな思いを握りしめ続けてたみたい。
だけど、私が欲しかったもの全てを持っている彼とセックスした茉優は言った。
まぐあえる相手は直でしかないんだと確信した。と。
私は私のままで、愛する相手と完璧にまぐあうことができる。
そう信じられることから全てが始まる。
私と茉優とのまぐあいがすでに完璧だと気付くことから。
私にセックスのお誘いをしてくれた女性が、ちんこの生やしかたが分かったと言っていて、
私はちんこを生やして茉優とまぐあう日が来ることを夢見ていたのだけど、
一回完全に諦めるという道を通る必要がありそうだ。


キスは私にとって愛する人と何かを交わし合うもの。だから、茉優がしたことが深く突き刺さる。
私は愛する人としかセックスをしたことがない。それから、私の膣に誰か(ちんこ)を迎え入れたことがない。
そんな私は、股を開いて、自らの中に相手の一部を受け入れることは、
愛することと同義で、
すごく深く重いことだと思っていた。
だから、茉優がしたことがとてつもない裏切りに思えた。
だけど茉優は言った。
彼とのキスは直とのキスと全く別物だった。何かを交わすようなキスとそうじゃないもの、キスには二種類あるんだと思う。
私は直と違って何百回と膣にちんこを受け入れたことがあって、ただその現象だけなら、
そんなに深く重い意味を見ていない。と。
私の価値観で茉優がソレラをしたと見るより、
茉優の価値観で茉優がソレラをしたと見たほうが、ずーーーっとマシだなと思った。

(ただ、愛していない人とセックスをしたことは、無意識のレベルで茉優も彼も傷付けているように、私は思うけど。)

 

 

ということで、

 

 

私は、今回のことを、

私たち二人のパートナーシップを

飛躍的に深めてくれる

大切な出来事だったと捉える。

もっと言えば、パートナーシップを築く上で、不要な価値観に気付かせてくれたというか。

 

 

茉優に疑いを持つ時間をもらったことで痛感できた。

愛する人から愛されることの奇跡。

 

 

怒りや悲しみや悔しさや苛立ちや嫉妬の合間に

 

 

溢れ出す

 

 

 

茉優を愛せることの喜び。

 

 

 

茉優の目から受け取る

 

 

 

私への愛。

 

 

 

 

文字や声でのやりとりだと容易に罵り合いになったけど、

 

 

 

目を合わせるビデオ通話だと、

 

 

 

どうしても愛が溢れた。

 

 

 

起こったことは変わらないけど、

 

 

 

 

今、茉優との間に感じられるものを、

 

 

 

私は信じることができた。

 

 

 

 

様々な感情とともに、

 

 

 

 

茉優がしたことを理解できた。

 

 

 

 

 

私が責めるのはいいけど、

 

 

 

他の誰にも責めて欲しくないと思った。

 

 

 

 

 

今度はこの曲を。

https://youtu.be/Fna56a_r41s

Queenづいて聞いてたら

今の私にドンピシャ。

 

 

今朝、茉優に送った。

 

 

それから今朝のLINEで送りあった写真

f:id:anzuruyori-umugayasushi421:20181204073907j:image群馬

f:id:anzuruyori-umugayasushi421:20181204074453j:image豊島

 

群馬は今朝の、豊島は例の日の翌朝。

今朝、群馬の写真を送ったら、

この2人が仲良しで直と茉優みたいだなって、

出来事のあった次の日の朝に思ったんだって、

茉優が豊島の写真を送ってくれた。

 

 

嬉しかった。

 

 

 

 

昨夜遅くまでしてたビデオ通話を切ってから、

一睡もできずに迎えた朝。

思わず朝っぱらから電話をかけて、

ビデオ通話越しに、

また茉優に会えたことが嬉しくてたまらなくなり、

ボロボロ泣いた。

 

 

ああ、なんて愛おしいんだろう