おにぎり ころりん すっぽんぽん

29歳で女を辞めて、33歳で社会人を辞めて、34歳でトランスジェンダーを辞めた私。私自身の想像をも盛大に超えて転がって行く私の人生。そんな中、パートナーの茉優を筆頭に、様々な他人を通して出会う私の闇たち。彼らに光を当てるように書いていけたらと思います。

感情を新鮮なうちに出せるということ

つい先日

 

茉優が知らず知らずのうちに諦めていた夢

 

が判明した

 

 

それは先生になること

 

 

 

でも実は

 

もうずっと茉優は先生だった

 

とわたしは思った

 

 

 

茉優が茉優らしく生きていること

 

それこそが

 

先を生きてわたしを導く存在だったから

 

 

自分の感情を何よりも大切にして

 

火山や台風や地震のように

 

善も悪もないけど

 

どこか人から嫌われてしまいがちな感情ですら

 

宝物のように

 

愛おしむ姿

 

 

 

子供のように

 

感情を

 

鮮度ピチピチのまま

 

瞬間瞬間解き放てる潔さ

 

軽快さ

 

 

 

それができるからこその

 

茉優自身の通気性の良さ

 

 

中でジメジメしめったり

 

ドロドロ腐ったり

 

そういうのがないからこそ

 

 

本当に誰とでも

 

軽やかに

 

愛の状態で関われることが多い

 

 

と見えてる

 

 

 

 

そして

 

だからこそ

 

物事を善悪でジャッジする必要がなく

 

誰かに何かを振りかざすこともない

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

何よりも大きいのが

 

全ての感情を愛おしむというその姿は

 

全ての茉優を愛するという姿勢そのもので

 

 

 

茉優が茉優を責めることがまずないこと

 

つねに

 

褒めるところを見つけている

 

いつも

 

ありがとうと共にいる

 

 

 

 

 

茉優のそんな姿を

 

近くに見ながら

 

わたしは

 

わたしの感情を生き返らせていった

 

 

 

 

 

少しでも進めた時に

 

“これしか進めなかった”と責める代わりに

 

“進めた!”と祝うことも少しはできるようになった

 

 

 

悲しみも

 

涙も

 

怒りも

 

茉優との3年間で

 

それまでの30年分よりずーっとたくさん

 

放出した

 

 

たくさんたくさん茉優に赦されながら

 

 

自ら赦してきた

 

 

 

 

小学校以来

 

ある種の感情を嫌うあまり

 

それらを抹殺しようとして

 

逆に激しい反撃に合ってきたけど

 

 

 

なくすのではなく

 

愛すこと

 

蓋をするのではなく

 

より瞬発的に

 

出すということ

 

 

 

 

ほんとうに

 

ほんとうにたくさん

 

わたしは

 

教えてもらった

 

 

共に生きることで

 

わたしの隣を茉優が生きてくれているということで

 

学んできた

 

 

 

 

ありがとう茉優

 

ありがとう先生

 

 

 

わたしが受け取ったようなものを

 

これまでも

 

たくさんの人が受けとってきたんだろう

 

 

そしてこれからは

 

もっともっとたくさんの人が

 

受け取っていくんだろう

 

 

 

年齢関係なく

 

国籍関係なく

 

性別関係なく

 

 

 

みんなが生徒の

 

地球学校の先生で

 

あり続けていくんだと思う

 

 

(先生というと上下を連想しやすいけれど

 

そういうんじゃないんだよなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

専属の先生でいてほしいなぁ

 

という寂しさも

 

ちょっぴりありながら

 

 

 

そんな風に思ってる

 

 

 

 

 

 

 

ああ、

 

なおのことを書こうと思っていたら

 

まゆの話になったな(笑)

 

 

 

 

 

 

 

なおはやっぱりまだ

 

感情に善悪をつけたがるところがあって

 

なおの思う悪の感情を出すことにブレーキがかかる

 

特に茉優以外の人に。

 

 

 

出すことに罪悪感があるから

 

 

 

出せずに

 

くすぶらせ

 

時差で爆発させちゃいがち

 

 

それか

 

ぷっちり関係を経っちゃうか。

 

 

 

 

それから

 

出すことにブレーキがあるから

 

 

出すときに理由を必要とする

 

主に使われるのが

 

相手を敵にして

 

自分正しさを振りかざすパワー

 

 

正当性という動機付けをしてしまいがち

 

 

 

 

 

それから

 

出すことを責める自分がいるから

 

出し方がゴニョゴニョになって

 

それに対して相手が

 

“なんって言ったの?”と聞こうもんなら

 

 

もういい!

 

 

とすねがち

 

 

 

それからそれから

 

 

自分が出しづらいものを下手なりに一生懸命出してるから

 

 

それに対して

 

相手が冷静さとか丁寧さという鎧を着て

相対してると感じると

 

 

ものすごい反応する

 

 

 

 

その辺は今真っ只中

 

 

。。。

 

 

今は

 

茉優以外の人と暮らすという

 

新しい体験中だから

 

そんなことの嵐(笑)

 

 

 

 

同じように

 

感情を出すことにブロックがある?

 

仲間?カゾク?たちと

 

実践しながら

 

軽くなっていってるところ。

 

 

 

 

 

昨日うわぁって泣いてすねて

(これも、茉優以外に出せたの、

おめでとうなんだ!)

引きこもって

 

ラーメン食べて

 

 

今朝は朝マックして

 

 

今これ書いてる。

 

 

 

 

そしたら、うんこ出た。

 

 

これから帰ってまた△するのかな。

 

 

いや、しよう。

 

 

 

 

いやはや、

 

やりたいことやれてるね。

 

 

今気付いた(笑)

 

 

ついさっきまでは、

 

もうこんなのやだって思ってたのにね!

地球の美しさに照準を合わせることにする

地球に生まれ落ちて以来

 

黄金期の保育園時代を終えてからは

 

もっぱら黒い花を集め続けてきた

 

 

せっかく地球に来たのなら

 

ならではの特徴である

 

闇の部分を

 

徹底的に味わねば! 

 

 

とでもいうように

 

ひたすら黒い花に照準を合わせ

 

一つたりとも見逃さぬよう

 

一つ一つ拾い集めてきた

 

 

 

 

 

見ているだけでは分からない

 

自分の中に闇を抱えて初めて

 

闇を知っていった

 

 

 

 

地球に数多ある

 

暴力

 

不条理

 

理不尽

 

歪み

 

ねじれ

 

対立

 

 

愛でない全てのもの

 

 

自分の外にも

 

中にも

 

それを見つけ

 

問題視し

 

それと闘うことで

 

美しい自分を

 

美しい地球を

 

目指そうとした

 

 

 

問題視すればするほど

 

問題は問題となり

 

 

 

闇は深く大きくなった

 

 

 

 

 

それでもなぜか

 

闇に目を向け続けねばならないと

 

 

思っていた

 

 

平和を

 

愛の世界を願うものとして

 

 

 

現実の問題を

 

問題として直視することこそ

 

 

誠実さだと信じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

なんだか

 

 

もうそろそろそれもいいみたいだ

 

 

闇を闇として

 

問題を問題として

 

そこに照準を合わせ続ける限り

 

 

わたしには闇ばかり見えるし

 

わたしは本来の波動とは

 

異なる波動を生きざるをえない

 

 

それは決して心地いいものではなく

 

 

忍耐や我慢を要する

 

苦難の道だ

 

 

 

そして何より問題は

 

その道を歩んでいる限り

 

わたしも含め

 

誰一人幸せにしないということ

 

 

その事実が行き止まりとなった

 

 

 

 

 

 

わたしが

 

楽しくご機嫌でいること

 

そうあれる在り方を

 

そうあれる行動を

 

選び続けること

 

 

つまりは

 

意識を

 

自分や地球の醜さではなく

 

自分や地球の美しさに合わせること

 

 

 

それこそが

 

わたしを

 

周りを

 

地球を

 

美しく

 

幸せにする道みたい

 

 

 

 

 

もう

 

本腰入れて

 

わたしをご機嫌にしない全てを

 

洗いざらい

 

放棄していこう

 

 

 

怖がらず

 

ただただ人生を楽しもう

 

 

 

闇に向きがちな癖を緩めて

 

 

光に焦点を当てていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫

 

闇は消えたりしない

 

ちゃんと

 

ずっと

 

抱きしめてるから

 

 

 

ただ

 

闇を抱きしめて

 

闇を見るのではなく

 

 

闇を抱きしめながら

 

光を見るというだけだ

わたしはジュゴン

自由で無敵

 

やわらかくやさしくて

 

みんなから愛され守られる

 

 

そんな風にイメージすると

 

嬉しい

 

ニヤニヤする

 

 

 

 

その思いは

 

無意識か

 

顕在かは違えど

 

 

いつも直の中にあり続けてきたように思う

 

 

 

 

ほんとうは

 

ただそのまま存在しているだけで

 

自由だったし

 

無敵だったし

 

みんなから守られ愛されていた

 

 

 

 

でも

 

あれ、違うかも

 

勘違いしてただけかも

 

そんな風に思ってちゃダメじゃん

 

この世の中うまく生きていけないじゃん

 

そんな風に調子に乗ってたら

 

後から痛い目みるんじゃん

 

 

 

 

様々な経験を通して

 

打ちのめされてきた

 

 

 

ほしいものは手に入らない

 

願っても願っても無理なもんは無理

 

願うから苦しい

 

苦しまないように

 

願うこともやめよう

 

 

 

そんな風に

 

 

 

 

もしくは

 

 

自分に欠けているところを探して

 

そこを埋めるが如く

 

努力して

 

努力して

 

 

努力した

 

 

 

無敵に感じられるように

 

自由に感じられるように

 

みんなから好かれる自分になれるように

 

 

 

 

結果

 

頑張れば頑張るほど

 

望んでいる状態は遠ざかった

 

 

上下を生み

 

善悪を生み

 

正誤を生み

 

敵味方を生んだ

 

 

 

ある意味

 

望んでいるところと

 

逆の方に

 

頑張れば頑張るだけ

 

 

沈んでいった

 

 

そこは安心のない世界

 

 

 

ずっとずっと安心したがってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。。。

 

打ちのめされて

 

底を打った時

 

 

 

ああ、

 

これまでのやり方が

 

 

まるごと間違いだったんですね

 

 

と気付いた

 

 

 

右腕の骨折と地獄のリハビリという経験を通して

 

 

もういい加減にしなさい

 

 

その道は

 

 

あなたを幸せにはしない

 

 

あなたは

 

 

この地球に

 

 

幸せを満喫するために生まれてきたんです!

 

 

目を覚ましなさい💢

 

 

そんな風に言われた。

 

 

痛みという

 

 

1番分かりやすいメッセージとして

 

 

 

 

 

そうして

 

 

たどり着いた今

 

 

自分の思考が全ての現実を引き寄せているという本と出会って

 

 

読んでいる

 

 

 

知っていたけど

 

信じきれなかったやつ

 

 

 

今は

 

また少し深いレベルで

 

理解できている

 

 

 

 

 

 

わたしは何かをするから無敵になれるのではない

 

 

無敵じゃんって思えるから無敵なのだ

 

 

 

わたしは何かができるから自由なのでもない

 

 

自由じゃんって思えるから自由なんだ

 

 

 

何かがないから貧しいんじゃない

 

何かがあると気付くから豊かなんだ

 

 

豊かだと思えるから豊かを広げていけるんだ

 

 

 

 

 

なんか月並みだけど

 

 

そう思えた

 

 

 

 

 

わたしは無敵だ

 

 

わたしは自由だ

 

 

わたしは無限に豊かになれる

 

今できうる想像を超えて

 

 

上限なく

 

 

ほしいものを

 

ほしい体験を

 

 

ほしい現実を

 

 

 

手に入れることができる

 

 

 

 

限界なんてない

 

 

 

 

様々に癖づけてしまった

 

 

思考パターンを見つけて

 

 

手放して

 

 

本来の状態に戻りさえすればいい

 

 

 

 

 

わたしは

 

存在するだけで

 

 

人を癒し

 

愛される

 

 

 

 

そう

 

 

わたしは

 

 

 

ジュゴン

 

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ゔぉぇっ

きぼうのいえ に住み始めて

 

2週間ちょっと

 

途中から

 

シェアメイトの のりこが加わって

 

3人で暮らしてる

 

 

 

少なくとも1日1回

 

3人でのトーキングサークル(通称さんかく)

 

をやっている

 

 

 

 

 

なおは

 

誰かと生きる時に

 

言えないことがあることが

 

自分の居心地を悪くしてしまうと信じてる

 

 

 

だから

 

茉優との関係でも

 

一緒にいながらお互いに心地よくあることを

 

1番大切に

 

やってきたわけだけど

 

 

その核となるのが

 

どんなことでも

 

例え相手を傷付けるように思えても

 

自らが傷付きそうと思っても

 

ちゃんと

 

出し合うこと

 

 

 

それを

 

枠を広げて

 

3人でやろうという試み中

 

 

 

 

 

やっぱり

 

茉優と2人ではすいすい言えることが

 

のりこを交えると途端に言えなくなったり

 

言い方が回りくどくなったりと

 

 

自分から生まれるものを

 

自然に出させない力が

 

 

働く働く

 

 

そうすると

 

隠す方向のエネルギーに消耗するし

 

言えてないことがあるが故に

感情が

体の中で腐敗して

 

どんどんドロドロ

えげつないものになっていき

 

 

 

それらのせいで

 

一緒の空間にいられないようになる

 

 

 

 

今日は

その壁を乗り越えようと

 

すごーく肚をくくって

 

きつめのことを

 

オブラートなしに

 

出せたんだけど

 

 

 

 

まだ

 

なんだか

 

怖いような

 

ソワソワするような

 

一人ぼっちになるような

 

 

そんな感覚を味わってる

 

 

 

 

 

 

 

なおは

 

人が大好きで

 

繋がりを感じて生きることが

 

魂の喜びだからこそ

 

 

一見素敵ではない言葉とか

 

感情とか

 

そういうのを

 

出した時に

 

 

相手がはなれていくこと

 

 

そして誰もいなくなることを

 

 

究極的には恐れているんだなぁ と

 

 

より深い体感を伴って感じてる

 

 

 

 

誰もいなくなって

 

ひとりぼっちになるのが嫌で

 

言いたいことを

 

言いたいように

 

言えないからこそ

 

 

 

聞きたくもない話を聞き続けたり

 

関わりたくもない人と関わり続けたり

 

 

 

 

そんなしたくないことに

 

なおの大きくはないエネルギーを

 

消耗してしまうことになり

 

 

ほんとうに

 

使いたいことに

 

使えるエネルギーが

 

ありません

 

という状態に

 

自分を置いてしまっていたんだなあと

 

 

感じる

 

 

 

 

 

 

 

表面的な楽しさ

 

上部だけの美しさ

 

ほんとうの気持ちを奥底に隠した優しさ

 

心とは裏腹の感謝

 

 

 

 

 

そういう全てに

 

 

ゔぉぇっ❗️

 

 

ってする

 

 

 

 

 

今日の▲では

 

それをそのまま

 

のりこに

 

ゔぉぇっ❗️ってした

 

 

 

 

 

誰もいなくなるのが怖くても

 

 

去っていかれることが寂しくても

 

 

それでも

 

 

自分に言いたいことを言わせてあげる

 

 

 

それは

 

わたしがわたしのために

 

立ち上がることなんだなと思った

 

 

 

 

自分に言いたいことを

 

そのまま言わせてあげることは

 

 

自分と繋がること

 

 

 

自分と繋がる先でしか

 

 

人と繋がることはない

 

 

 

見せかけの繋がりはいらない

 

 

 

 

 

ぼやっとくすんだ美しさなんかいらない

 

 

ほんとうの美しさと

 

 

出会いたいんだ

 

5万円

茉優がついに

 

“きぼうのいえ”

 

を始めた

 

 

そこには離れがあって

 

それが直の巣

 

 

人と関わりながら生きたいけど

 

こもれる場所が必要という直に

 

ぴったり

 

 

 

誰がいてもいなくても

気が向いたときしか母屋にはいかない感じでいる

 

 

その距離感が心地いい

 

 

その離れを

 

 

なんとなく

 

 

なお御殿

 

 

と呼んでいる

 

 

あんまり誰でもは受け入れないのがいい

 

 

 

その なお御殿についてのおはなし。

 

 

 

入室料?

 

入園料?

 

入場料?

 

5万円

 

屋久杉のお賽銭箱がいいかな

 

 

というのが

 

 

直の中に生まれてる

 

 

何をするとかはない

 

とにかく

 

入るのに5万円

 

もらう

 

 

 

 

果たして

 

入りたいと言う人がいるのだろうか?

 

 

 

ゼロ な気もする

 

 

結構たくさんいる 気もする

 

 

 

温泉旅行 とか

 

おいしい外食 とか

 

有能なヒーラーのセッション とか

 

 

 

そういうのと並べ出すと

 

比べだすと

 

やばい

 

 

“価値”とか言い出しても

 

 

ヤバイ

 

 

 

対価とか考えても

 

 

やばい

 

 

 

 

でもなんか

 

5万円がいい

 

ふにおちてる

 

 

投げ銭でもなく

 

何千円でもなく

 

3万円でもなく

 

8万円でもなく

 

 

 

 

 

5万円

 

 

 

 

 

 

全部すっとばして

 

5万円

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ入るのに5万円

 

もらうから何かしようは

 

ない

 

 

 

会えること

 

話せること

 

関われること

 

空間を共にすること

 

なお御殿を味わってもらうこと

 

気の向くままに

 

うたって

 

おどって

 

太鼓を叩いて

(インディアンドラム買った!)

 

コシチャイム(買った!)を鳴らして

 

縁側でビール(ミニ冷蔵庫買いたい!)を飲んで

 

 

ほっぺを手で包んで

 

一緒に泣いて

 

 

言葉を綴って

 

 

絵を描いて

iPad買った!)

 

 

そういうのは嬉しいし喜び

 

 

でも

 

それをあげるから

5万円ちょーだい とかではない

 

 

 

ただ昼寝(ラクダの布団買った!ヘンプ のシーツも買った!)するのかもしれない

 

 

黙って揺りイス(これはもらった!)に揺られてるのかもしれない

 

 

 

そんなイメージ

 

 

 

きぼうのいえは一泊8000円にする予定らしいけど

 

 

それを払ってきた人が

 

 

5万円払って

 

なお御殿に入ろうとしてる絵は

 

なかなか描き難い

 

 

 

けどね。

 

 

 

 

まあ、そういう思考は置いといて。

 

 

 

 

 

そうして

 

もらったお金で

 

なおはなおをうーんと豊かにする

 

なおが柔らかいままで

 

優しいままで

 

なおのままで

 

存在で誰かを癒せる

 

温泉のように在れるように

(なおspa!

 

いやすいように

 

物を

 

食べ物を

 

環境を

 

経験を

 

 

与えてあげる

 

 

 

 

心が溢れた時に

 

溢れたままに

 

お金を

 

物を

 

時間を

 

何かを

 

人に与える

 

 

 

その源の

 

泉にする

 

 

 

今までは

 

お母さんや

 

お父さんや

 

茉優

 

 

とかだったけど

 

 

もっと

 

多くの泉と

 

大きな泉と

 

 

豊かに繋がっていたい

 

 

 

 

 

 

 

このことをイメージする時に感じる

 

 

すべての罪悪感を

 

 

空に解き放って

 

 

風船みたいに

 

手放して

 

 

 

豊かになっていきたい

 

 

 

そんな感じ

 

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愛されるのが怖い病

めっちゃ大きな気付きがあった

 

なおって

 

愛されることに結構強めなブレーキがある

 

っぽい

 

 

茉優→直の流れが

 

どうにも滞っていることには気付いていたし

 

ソレをどうにかしようと

 

もがきにもがいていたんだけど

 

どうやら

 

ほとんど見当違いに もがいてた

 

もがきながら

 

直の傷も茉優の傷も

 

えぐって掘り下げちゃってたっぽい…

 

 

思い込みって怖い。

 

 

 

茉優→直の流れが滞ってたのは

 

直の体のせいでも

 

茉優が愛するのが苦手なせいでもなくて

(ココには茉優の傷も絡むんだけど)

 

単に

 

わたしが“愛し合うこと”の先の痛みに怯えて

 

それを避けていたから   っぽい

 

ちょー無意識に

 

 

知らなかった😱😱😱

 

めっちゃ茉優のせいにしてた😨😨😨

 

 

これだけは

 

“自分の世界は自分が作ってる”ってのから

 

頑なに除外してた🤭🤭🤭

 

 

 

あまりも奥底に埋め込まれたものって

 

こんなにも気付かないんだね

 

怖。。。

 

 

 

 

 

愛することも怖いけど

 

それはもう受け入れた

 

でも

 

 

愛し合うことはもっともっと怖い

 

わたしが茉優の愛を受け取って

 

どんどん巡って

 

一つに近づいて

 

 

 

そしたら

 

そしたら

 

ただ愛しているだけより

 

ずっとずっとずっと

 

失われること

 

分離すること

 

が絶え難くなるから

 

その痛みをなぜか深く知っているから

 

 

 

茉優の目から

 

わたしの目に

 

ハートに

 

愛が向けられると

 

 

その痛みが胸に現れる

 

 

 

 

だから

 

ふざけたり

 

タイム!って言ったり

 

 

あれこれの方法で

 

受け取り拒否してたみたい

 

 

 

 

大きな気づきがあってから

 

その痛みを感じながら

 

茉優の目を見続けてみたら

 

嬉しいんだか

 

怖いんだか

 

痛いんだか

 

なんだか分からないけど

 

涙が出るんだ

 

 

なんどもなんども

 

 

 

 

そんなに怖いんだ

 

そんなに逃げてたんだ

 

あんなに求めながら

 

めいいっぱいブレーキ踏んでたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

まったくもう。

嫌んなるわ。

 

 

ほんとごめん、茉優。

黒い花束を抱きしめて

昨日と今日で過去のブログを全部読み直した

 

下書きのまま、公開できなかったものも一通り読んで、

 

ものによっては胸につっかえを感じながら

 

ほぼ全部公開にした

 

 

そしたら

 

具合悪くなった

 

なんだか急激に気分が落ちて

 

カフェの席に座っているのもままらないような

状態になった

 

 

わたしのブログは

ほぼほぼ闇ばかり

 

黒い花束

 

決して軽やかではないし

 

重たくて

 

めんどくさくて

 

不完全

 

 

自分の中でふにおちて

 

整理できたから書いていることも少ないから

 

うにょうにょしていて

 

ぶれぶれしている

 

 

わたしがわたしの黒い花を抱きしめて

 

愛してるよ!

 

って空気で書いてるわけでもないから

 

読み返したいと思えないし

 

読むと重くなる

 

 

 

それを2日間で一気に読み直して

 

受け入れ難くて下書き止まりだったものまでも

 

読み返して

 

ぜーーんぶ公開までしちゃったから

 

 

 

よく考えたら

 

そりゃ落ちるか。。。

 

 

 

 

 

 

 

今この胸にのしかかっている

 

黒ばっかりの花束は

 

重たくて

 

風通しも悪くて

 

嫌で嫌で仕方ないもの。

 

 

 

約30年間、

 

この子とすったもんだしてきた

 

 

嫌悪して

 

押さえ込んで

 

矯正して

 

押し込めて無感覚になって

 

 

 

 

取り戻す道のりでは

 

過食で逃げて

 

動画で逃げて

 

どこかにいって逃げて

 

オナニーで逃げて

 

恋愛で逃げて

 

 

 

それでも何をしたって

 

その子はわたしの中に居続けた

 

 

 

消そうとするほど

 

強く主張してきて

 

逃げても逃げても

 

絶対に逃げられなかった

 

 

 

 

かといって

 

向かい合えば合うほど

 

その不快な感覚は

 

強くなって

 

それには終わりなんかないような気がして

 

 

 

ちょっと楽になったかと思えば

 

次の瞬間には

 

もっともっと深いトンネルに

 

入っているような気がして

 

 

 

苦しむために生きていたみたい

 

まるで

 

 

 

 

 

 

でもさ

 

ブログを読み返して

 

落ちたわたしだけど

 

 

 

わたしはわたしの黒い花を

 

ずっとずっと抱いて生きてきたんだなって思ったんだ

 

 

これでもか

これでもかっていうくらい

 

黒い花を摘みながら

 

抱きしめながら

 

一生懸命生きてきたんだなって

 

思ったよ

 

 

 

 

大変だったよ

 

しんどかったよ

 

よく頑張ってきたよ

 

 

 

楽そうに見える

 

天真爛漫な人が

 

羨ましかったよ

 

憎いほど羨ましかったよ

 

 

だけど

 

わたしはわたし以外にはなれなくて

 

精一杯

 

力の限り

 

わたしの黒い花と生きてきたよ

 

 

 

 

この不快感を

 

初めて

 

 

愛おしいと思えたよ

 

 

 

いっときおまじないのように唱えてた

 

 

『ソレはわたしの中に在ります。

わたしはソレを愛します。』

 

 

言い聞かせるように

 

悶えてた

 

 

 

その言葉を

 

初めて実感を伴って

 

言える気がしたんだ

 

 

 

 

 

それは無くなったわけでも

 

軽くなったわけでも

 

形が変わったわけでもなくて

 

 

どちらかと言うと

 

より まざまざ と感じられるようになったと言えるくらいなんだけど

 

それでも

 

嫌悪感を持ったまま

 

愛おしいと思えたんだ

 

 

 

 

それってすごいこと

 

わたしにとっては

 

本当にすごいこと

 

 

 

 

今もまだ

 

わたしの胸は張り裂けそうだけど

 

わたしは『チーム直』の誰も

 

置いてけぼりにしてないなって

 

健やかに思えるんだ

 

 

 

 

きっと

 

これが

 

わたしがみんなと繋がる

 

礎になるんだなって思ったよ

 

 

 

白も黒もあるこの地球を

 

人間を

 

わたしを

 

 

 

わたしは大好きでいたい

 

 

 

 

 

だって、

 

 

自分の星を

 

自分の仲間を

 

自分自身を

 

大好きって言える以上に

 

幸せなことなんてないよ